The Messiah Will Come Again
2025年12月08日
メシアが再び、
何故? 検察官が問う。私は、松の廊下での、浅野内
匠頭の心情と同等です。すなわち遺恨です。
書記官が、記録する。お互い無言の時が、5分程、経過する。
そもそも、朝廷と幕府ということになる。
年賀、恒例行事として、将軍(幕府)は、高家、或いは、旗本を、
朝廷に使者として、ご挨拶の為、使わす。
しかし、この時は、少し違った。綱吉の生母、女性最高位の
従一位の官位を授る大切な時である。
綱吉から、過分な寵愛を受けている、側用人、柳沢吉保は、
朝廷に、手紙をしたためた。
一筆啓上申し上げます。で始まっているが、以下の文脈は、殆ど
脅迫である。
綱吉の生母、桂昌院に、従一位の官位を、与える事、それが無い
と、今までの朝廷とのお付き合いが、無くなるかもしれません。
今度は、朝廷から、勅使、院使が、幕府に、おもむく。
それらを、仕切るのが、勅使饗応役、他、三人である。
指導するのが、高家筆頭肝煎、吉良上野介である。
勅使、院使を、迎えるにあたり吉良は、作法を指導する。
しかし、この饗応役選出に、あたり、出費は、多大である。
饗応役に選ばれた大名、すなわち藩の経済的負担になる。また、
外様大名が饗応役に、抜擢される事が多かったのである。
そして、桂昌院の従一位官位における式典を、血で汚したという事
将軍綱吉は、激怒、即日、切腹させよと命がくだる。
しかし、赤穂浪士の吉良邸討ち入りの一報を知った、綱吉は
あっぱれと、発言している。武士の鏡!とも述べている。
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赤穂浪士の、吉良邸、討ち入りは、12月14日では無い。
寅の刻。
討ち入り、二日前、大雪が降る、討ち入り時、残雪あり
満月が、吉良邸を照らす。
浅野家は、藩祖が、築いた、奉所火消しである。消防。
また、塩田で、経営を、まかなっている。
石高は、吉良家より、多い。
討ち入り時、残雪が、音を吸収(静音効果)、采配が、左右に
振られ、表門隊、裏門隊と、別れる。はしごを掛け、突入。
裏門隊は、屋内外に、突入、配備。
そして、両隣の武家屋敷に、亡き主君の仇討ちにて、
参上、少しご迷惑をかけます。
両家の武家屋敷が、仇討ちしやすいよう、高張提燈を塀沿いに、
立てた。
山鹿流陣太鼓は、所持していない。
吉良上野介、身柄確保、笛が鳴る。本懐をとげる。
300年以上前の事件である。
山鹿素行 尊皇攘夷の祖。思想家、江戸から追放処分。
赤穂藩、山鹿素行、受け入れる。(江戸追放の身)
吉良家、姓は源氏、足利氏支流
思想心理の相違は、認めざるを得ない。
喧嘩両成敗の規律に、則っていない。
脇差で、何故、刺さなかったか、殺意が、無かったとも
とれる。
浅野内匠頭、即日切腹。将軍裁定に、赤穂藩義士が
突きつけたのも、武士道。これが、義である。
すべては、冷静に計算され尽くした、シナリオである!
将軍 徳川綱吉は、2カ月悩み、荻生徂徠ら、宗教学者、儒教
学者らが、処分に、苦慮した。
武士道、赤穂義士は、武士道の鏡、これらも、大石蔵之介
の計算である。
御意見裁定として、浅野内匠頭に仕えた者達として、今後、どの
ような主君に、支えるだろうか。
浪士達は、武士道として、すじをとうしている。ならば、武士とし
て切腹が浪士達の名誉と考える。
大石蔵之介の危機
討ち入りの際、江戸まで、下らなくてはならない。
武器など、物騒なものは、関所の検閲をうける。目付けも
しかり、情報は錯綜する。
日野家公家、垣見五郎兵衛大納言が
名代で、東下りをする、
垣見は、中山道あるいは、東海道をして、江戸に、くだる
垣見一行は、中山道を、通過するという情報のもと、赤穂一行は、
東海道で、江戸入りする予定。
今の神奈川県の東海道沿いの、天野屋に、宿泊。
その時が来た、垣見一行は、東海道を進んだ。
天野屋で、はち合わせすることになる。
押し問答の末、垣見自身が、確認する。ということで2階にあが
った、ふすまを開けると、蔵之介が、鎮座している。
天野屋の看板に、日野家大納言御宿と記されている。
垣見は、日野家御用人である。通行書、手形があるが、
そなたは? 日野家御用人である。垣見五郎兵衛である。
もし、そなたが、日野家御用人ならば、目録、許可書、手形を
確認させて欲しい。ふすまごしには、赤穂浪士が、今にも
刀を抜く状態である。
どうしても、ご確認したいのであれば、お見せする、
垣見は、不思議な心中で、拝読した。
目録が、白紙。表裏、白紙である。垣見は、目録、手形を包んで
いた、風呂敷に目をやった。
丸に鷹の葉御紋、垣見は、理解した。わかり申した。
失礼した、そちが、本当の、日野家御用人である、私は
偽物である。それで、これを、そちに、処分して頂きたい。
丸に鶴の家紋、風呂敷に包まれている、通行手形、目録、
これがあれば、関所は、問答無用。
心置きなく、お打ちなされよ 影ながら、お祈りもうす。
垣見は、刀を二回叩き、失礼もうした。と天野屋を
あとにした。
蔵之介は、大切に、頂いたとともに、武士の情けに触れた。
ふすまごしの、浪士たちは、感涙したらしい。
刀を叩く行為は、金打ちといい音を鳴らす事で、名誉をかけて
約束するということ。
脚色かも知れないが、浪士のなかには、吉良邸の図面欲しさに
大工方棟梁に、弟子入りしたものもある。
棟梁の娘さんと、恋に落ちた、しかし、わけを話し、義士として
討ち入りに、加わる。
少し休憩だが、恋に落ちるということは、重力があり、落ちるわ
けである、残念ながら、重力には、逆らえないのだ。しかし、恋
とは、何であろうか? また、愛とは、何であろうか?
相互的錯覚であり、また、一方的である。
場合によれば、自分自身に酩酊してるのでは?
私は、外交だと思う。そう言う意味で、私は、今の総理、内閣に
期待している。
しかし、いいじゃないか、それで、女性は、綺麗になっていく。
私は、義を選ぶ。何故なら、義は純真であるから。
キャスティングボードにあがる、滅相も無い。恋愛するにも、健
康であること。私にとって、恋愛など、もったいない。
私にとって、愛とは、家族を思う、それだけだね。
キャピュレット家とモンタギュー家の狭間で、悲恋を描いた
ロミオとジュリエットである。
悲運を描いている。
数寄屋橋での、すれ違い、君の名は、もしかり。 だから、いい
のではないだろうか? 数寄屋橋は、今は、もうない。
技術立国日本は、必ず、生まれ変わる。世界における、日本国家
それこそ、救世主メシアが、降り立つのである。
本懐を遂げた赤穂浪士たちは、本所松坂町を後にし、両国橋
を通り、永代橋、八丁堀へと歩み、今の聖路加国際病院の前を
通過、そして、歌舞伎座から新橋、今の慶應大学を左に、そして
泉岳寺、到着、午前8時ごろである。
民衆は、喜び、歓喜とある。これは最大のプロパガンダである。
浅間山荘籠城事件、残念なことに、殉職者、民間人1人が犠牲に
なっている。長野県警、警視庁、合同班、無線にて、犯人、静圧
確保の連絡が入る。
この時の、長野県警、警視庁は、歓喜する。それより凄いという事。
あさま山荘事件時、担当したのが、Mr.官房長官、警察庁長官
後藤田正晴長官であり、長官が選出したのが、佐々淳行警備部幕
僚長である。
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話しを、戻すと、高家筆頭肝煎である吉良上野介の子供が清水
一学であると、側室の間に子をもうけた可能性がある。
場所は、失念してしまったが、生まれもって、吉良上野介と同じ
場所に、あざ、があったらしい。
蔵之介初め浪士達が、泉岳寺に着くと、冷光院、内匠頭の墓前に
吉良の首領をすえ、拳で三度叩いたらしい。
瑤泉院、亜久里の墓前にも、浪士たちは、報告。
そして、大石は、いずれ忠誠院。となる。
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偶然も必然も、必死に生きてこそ 時は輝く。ならそれは
さだめと呼べるかもしれない。
空なる幸を 祈り奉る。 些か当惑つかまつり候。
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句の師匠、宝井其角が、隅田川の橋上で、偶然、弟子の赤穂浪
士、大高源吾と、出会した。
発句にて、年の瀬や川の流れと人の身は、に対し、明日、待たる
る その宝船(付句)と大高は、括った。(討ち入り前日)である。
私が付句するならば、いつか待たるる その宝船とする。
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風さそう花よりもなほ我はまた春の名残りをいかにとかせむ
浅野内匠頭、辞世の句である。
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あら楽や思いは晴るる身は捨る浮世の月にかかる雲なし
大石蔵之介、辞世の句である。
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花は散り 想いはせしは いまもなほ 忘却と風は 我に冷たく
大上啓樹 私はまだ生きているので。
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2025年、万感の想いを込めて、いざさらば。
カテゴリ:大上啓樹院長のブログ







